大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和53年(ネ)417号 判決 1979年2月28日

控訴人

厚木航空同友会

右代表者会長

加藤五郎

右訴訟代理人

勝本正晃

外三名

被控訴人

右代表者法務大臣

古井善実

右指定代理人

遠藤きみ

外二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一控訴人が、神奈川県知事に対し相模川河川敷占用及び河川付近地内工作物設置に関する本件許可申請に及び、同知事からそのその許可を受け、後に取り消されるに至つた経緯及び内容は、原判決がその理由三において詳細に認定する(その前提として理由一、二に掲げる争いのない事実を含む。以上、判決二三丁表二行目ないし三九丁表九行目)とおりであるから、これを引用する。<中略>

また、本件許可処分すなわち河川敷占用の許可及び付近地内工作物設置の許可並びにこれらを取り消した本件許可取消処分がいずれも河川管理者としての都道府県知事が被控訴人の機関としてする機関委任事務に属することは、地方自治法、旧河川法、旧河川附近地制限令及び現行河川法の規定上明らかである。

二控訴人は、神奈川県知事においては、控訴人が本件土地をグライダー滑空練習場として使用するにつき支障のないことを事前に確認した上でなければ本件許可処分をすべきではなかつたにもかかわらず、右確認を怠つたまま本件許可処分をした点で法律上の義務違反があると主張する。

そこで、まず、控訴人主張の事前の確認につき、神奈川県知事において他に問い合わせ働きかける等の措置を控訴人のために自ら講じなければならない法律上の義務があつたかどうかを判断するに、本件許可処分のうちの河川敷占用の許可は、申請者のため公物たる河川敷地を占用する権利を設定する処分以外の何物でもなく、したがつて、(1)申請者に対しその予定する事業を営む権限を付与するものではなく、また(2)右事業が遂行可能であることを確認するものでもないのであり、この(1)(2)の点は、本件許可処分のうちの河川付近地内工作物設置の許可についても同様であり、このことは、河川付近地内の工作物の設置に関する河川警察上の一般的な禁止制限につき、河川管理上支障がないと認めて個別に解除するという右の許可の性格に徴し明らかである。すなわち、本件のごとき許可処分を得た申請者は、その予定する事業を営むためには、自己の責任と負担において、所要の行政上の許可、認可等を改めて受けなければならないのであり、その事業のいかんによつては官庁の所管が複雑であることもあるが、その場合でもなお申請者自らこれを調査した上許可、認可等を取り付けるほかはない。かかる場合には、官庁同士のことゆえ河川管理者において申請者のため右の許可、認可等の確認をする程度の便宜は図つてしかるべきであるという考え方もあるかもしれないが、これを河川管理者の法律上の義務とすべき根拠を見い出すことはできない。また、本件においては、控訴人が予定していたグライダー滑空練習場としての本件土地の使用目的は、在日米軍から反対の意向が表明されたため、その実現が不可能となつたものであり、このことは、前記一において原判決理由を引用して認定したとおりであるが、このように相手が米軍であつてその承諾を取り付けるため直接折衝することが難しいからといつて、特にこの場合に限り、河川管理者において関係機関を通じあらかじめ米軍の承諾の有無を確認すべき義務があるものと解しなければならない格別の理由はない。要するに、河川管理者たる神奈川県知事においては、公物たる河川敷地の占用許可及び河川警察上の制限の解除という本件許可処分の性格上、申請者たる控訴人のためその主張の事前の確認の措置を自ら講ずべき何らの法律上の義務もないのである。

もつとも、およそ公益の増進に役立ち得ない使用目的のためには公物たる河川敷地の占用許可を与えるべきではなく、また当該事業を営み得る可能性か全くないのに河川付近地内工作物設置の許可を与えることは無意味であるから、その限りにおいて、専ら河川管理者としての立場から、申請者の使用目的及び当該事業の成否の見通しを事前に検討することは、別段怪しむに足りないし、実際にも行われているところである。本件においても、現に問題となつている在日米軍との関係については、担当の神奈川県土木部河港課の係官において、控訴人側から、米軍厚木基地の侵入禁止区域は基地を中心として半径七キロメートルの区域であり、本件滑空場予定地はその区域外にあるから問題はなく、またたとえ後日厚木基地との間で問題となつたとしても、自らの責任をもつて処理する旨を聴取し、その提出した地図に基づいて確認し、一方、運輸省航空局航務課に問い合わせた上、厚木基地の侵入禁止区域外であれば国内法上全く問題なく、右区域内であれば米軍の許可を取る必要がある旨の回答を得るなどして事前に検討していることは、前記一において原判決理由を引用して認定したとおりである。そして、かかる検討は、申請者たる控訴人に対する法律上の義務の履行では決してなく、このことは改めて繰り返すまでもないところである。

右につき問題となり得るのは、右のような検討の結果使用目的の実現可能なことが明らかとなるに至るまでは、神奈川県知事において本件許可処分を留保し又はこれを停止条件(少なくとも実現不能を解除条件)とすべきではなかつたかという点である。しかしながら、本件のごとき許可処分にあつては、公物の占用許可及び警察上の制限の解除という処分の性格にかんがみ、許可後に予定されている事業につき許可、認可等を取り付ける等の所要の措置は、申請者の責任においてのみ講ずべき事項であり(このことは、既に説示した。)、また、これを占用許可等の処分を得る前に済ませておくか又はその後にするかは、他の法令をも参酌した上専ら申請者において独自に決すべき筋合いのものであるから、河川管理者においてこれらの措置が実現されるまで占用等の許可を留保し、又はその実現を停止条件(少なくとも実現不能を解除条件)としなければならないという法律上の義務はない。もし右に関連して申請者との間で何らかの問題があるとすれば、申請者によつては、占用等の許可を得た場合に、直ちに予定の事業を営み得るものと誤解して着手したところ、後日他の法令の許可、認可等が得られなかつたため投じた費用相当の損害を被る者もあるかもしれないので、かかる事態を生じないよう許可処分に際し配慮する(例えば、他の許可、認可等の必要性を教示する。)のが公務員としての親切ではないかという問題である。そして、控訴人の主張は、帰するところこれが単なる親切を超えて法律上の義務であるということになるので、以下この点につき判断する。

前記一において原判決理由を引用して認定した各事実、<証拠>を総合すると、神奈川県土木部河港課の係官が前示のように控訴人側と接触して対厚木基地関係では問題のないことを聴取していた過程において、当時控訴人の会長をしていた石井忠重は、速やかに本件許可処分をしてもらいたいと要請し、航空機のことは自分が深い知識を持つていると説明した上、米軍との間は面倒であるかどうかとの問いに対し、対厚木基地関係で問題が生じた時は責任をもつて処理する旨念を押していること、本件許可処分後控訴人はかなり多額の費用を投じて本件滑空場の建設に取りかかり、数箇月後には竣工、開場の運びとなつたこと、ところが、その所在地が米海軍厚木飛行場の管制圏すなわち半径九キロメートルの範囲内に位置していたこと、したがつて米軍が前示のように滑空場設置反対の意向を示したのは決して筋違いではなく、かえつて控訴人が考えていた前示七キロメートルでは足りず、結果的にはその判断が甘すぎたこと、等の事実を認めることができる。これらの事実に徴して考えるに、多額の費用を投じた控訴人としては、半径七キロメートルという控訴人の判断に誤りがないかどうか神奈川県当局において再検討するなどいま一つ配慮が欲しかつたと嘆くであろうし、その心情は察するに難くはないけれども、一方、本件許可処分前の段階において考えると、控訴人は許可を得ることのみに急であつて、厚木市長の職にある会長が、米軍との問題は一切引き受ける、航空に関する知識は深い旨言明し、県当局の係官からは米軍との間は面倒であるとの警告まで受けているのであるから、いかに公務員の親切が強調されるにしても、後になつて、県当局者が右以上の検討、確認をすることなく本件許可処分に及んだとしてこれを非難するのは、当を得ないものというほかはない。のみならず、さきに説示したように、河川管理者は、申請者の使用目的が果たして公益に役立ち得るものかどうか、その工作物設置が河川管理上支障ないものかどうかという専ら公益上の見地に基づいて検討すべき立場に置かれているのであるから、申請者との接触の過程における配慮の不足につき、法令上の根拠もなくしてたやすく義務違反と断ずることは難しく、これが肯定されるのは配慮の不足が極めて著しいという特に異例の場合でなければならない。かかる観点からしても、右に認定した程度の事実関係(右認定以上には、県当局者の配慮の不足に関する特段の事情は証拠上認められない。)の下では、県当局者につき法律上の義務違反を認めることはできない。

以上要するに、神奈川県知事の本件認可処分につき、滑空場としての本件土地使用が可能であることを確認した上でなければ許可すべきでなかつたとして、これを義務違反とする控訴人の前記主張は、採用することができない。

三控訴人は、また、本件土地をグライダー滑空練習場として使用するについて、在日米軍の承諾が得られない可能性があれば、その承諾を停止条件(少なくとも不承諾を解除条件)として本件許可処分をすべきであつた旨主張するけれども、かかる条件を付すべき義務のないことは、既に右二で説示したとおりである。のみならず、神奈川県知事にとつては、右承諾の得られないことが明白でない限り、本件許可処分をするにつき法律上何らの妨げもなく、特に条件付でなければならないという格別の根拠もないところ、右二で見た事実関係からすると、当時神奈川県知事の側においては右承諾の得られないことがしかく明白ではなく、かえつて控訴人側の説明により対米関係は問題ないものと認識していたことが認られるから、この点からしても、控訴人の右主張は、採用することができない。

四次に、控訴人は、運輸省等関係官庁は、在日米軍基地付近の航空関係施設についてはあらかじめ関係各庁の指示を受けるよう神奈川県知事を指導すべき法律上の義務があるにもかかわらず、これを怠つた旨主張する。しかし、前示のように神奈川県当局者は米軍厚木基地との関係につき運輸省航空局航務課に照会し、これに対し運輸省側では米軍の許可の要否等問題の所在を回答しているのであつて、他に運輸省等の関係官庁から神奈川県側に対し指導を与えるべき特段の事項も認められないから、右指導の点で関係官庁に義務違反があつたとする控訴人の右主張は、採用の限りではない。

五控訴人は、更に、運輸省等関係官庁において本件滑空場使用につき在日米軍の了解を取り付けることができなかつたことも控訴人に対する不法行為を構成する旨主張するもののごとくである。

しかしながら、運輸省等関係官庁の公務員の不作為を違法とするためには、控訴人に対する関係で法律上の作為義務があることが前提となるところ、本件滑空場の使用について、控訴人のために在日米軍の了解を取り付ける義務が右関係官庁にあるわけでないことはもちろんである。しかも、前記一において原判決理由を引用して認定したように、運輸省航空局は、米軍厚木基地との調整に乗り出し、控訴人の本件滑空場の使用を可能にする方向で米軍に働きかける等、控訴人のため十分な努力をしているのであるから、結果的にはその努力が実らなかつたからといつて、これを控訴人に対する不法行為とすることはできない。よつて、控訴人の右主張も採用しない。

六なお、控訴人は、本件土地を使用しなかつたのは、運輸省航空局の指導に基づくものであり、その指揮どおりに動いてきたにもかかわらず、神奈川県知事は、本件土地がグライダー航空練習場としての使用の実態もなく、かつ使用し得る可能性も認められないとして本件許可処分を取り消したが、これは理由がなく、控訴人に対する不法行為に該当する旨主張する。

運輸省航空局関係者においては、控訴人が米軍厚木基地との間の飛行調整ができないまま本件滑空場を使用した場合に生ずべき不祥事態を懸念し、控訴人に対し使用停止を継続するのが良策である旨助言ないし忠告したことは、被控訴人自ら認めるところであるが、一方において、航空局係官は、厚木基地との調整に乗り出し控訴人の本件滑空場の使用を可能にする方向で十分な努力をしたこともまた、右五で説示したとおりである。このように右助言ないし忠告は、不祥事を懸念したものゆえ特に不当とすべきものではなく、一方では控訴人の利益擁護のため十分努力をしているのであるから、右航空局係官の所為が控訴人に対する権利侵害となり又は違法性を帯びるものでもない。

ところで、控訴人は、本件滑空場の竣工前から自ら米軍厚木基地との間で飛行調整につき折衝を重ね、竣工後しばらくの間その使用を自粛してきたが、なお交渉は一向に好転しなかつたものであり、このことは前記一において原判決理由を引用して認定したとおりであるが、右のように事態が好転せず航空局からも右助言ないし忠告があつたため、控訴人は更にその自粛を継続するほかなかつたものと認められるところ、かような控訴人にとつては、本件許可取消処分の理由中における「グライダー滑空練習場に使用している実態がなく、」との文言に不満であることも理解し得ないではない。しかしながら、同じく前記一で認定したように、本件許可処分には、「占用及び工作物設置の目的は、グライダー滑空練習場に充てるためとする。」との条件が付けられているのであるから、心ならずも自粛していたとはいえ、控訴人は右条件に従つていないこととなり、現行河川法七五条一項二号(条件違反)の取消事由に該当するものといわなければならない。もつとも、これは控訴人が積極的ないし意図的に右条件に違反したものではなく、米軍から反対の意向が表明されたからであることはいうまでもないが、その反対に遭つたというのも結局は、前記二で説示した他の法令の許可、認可等が得られなかつたのと同様、専ら自己の責任と負担において実現させるべき事項が実現しなかつたにすぎず、右条件に従つていないものとして河川法の右規定を適用し、取消しによる不利益を控訴人に帰せしめるにつき何ら妨げない。このように考えてくると、「グライダー滑空練習場に使用している実態がなく、」というのも、別に事実に反するところはなく(整地、造成、格納庫等の建設というのみでは、滑空場として使用しているとはいい得ない。)、やや簡潔ではあるが、条件違反に関する以上の趣旨を表すものとして、特に不当な文言とは思われない。そして、本件許可取消処分は、<証拠>によれば河川法の右規定を適用していることが明らかであり、条件違反を理由とする取消しとして、何らの違法もない。のみならず、本件許可取消処分がなかつたとすれば控訴人主張の損害が全部又は一部発生しなかつたというわけでもないから、取消処分ないしはその理由の書き方と控訴人の損害との間には、因果関係がないことになる。

以上、いずれの点からしても、控訴人の前記主張は失当である。

七最後に、控訴人の本件滑空場使用に対する在日米軍の反対意向の表明が不法行為に当たるかどうかにつき判断するに、米海軍厚木飛行場の管制圏は半径九キロメートルであり、本件滑空場はその範囲内に位置し、したがつて米軍が滑空場設置に反対するのは何ら筋違いでないことは、前記二で説示したとおりである。また、控訴人としても管制圏内であれば反対を受けても致し方ないとすべきであり、神奈川県知事から本件許可処分を受けているといつても、河川法に基づく河川敷地の占用等の許可を得たにすぎず、米軍の反対意向の表明を妨げるべき理由とはなり得ないから、右米軍の不法行為は、成立する余地がない。<以下、省略>

(岡松行雄 田中永司 賀集唱)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例